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NEZ PERCE族のたどった道を示す標識
ロクソの森

クリアーウオータという名にふさわしいロクソ川

ルイス アンド クラークもこの地を訪れました

大きなストーンフライの抜け殻が魚影の濃さを感じさせます
ウエストロープカットスロートがたくさん釣れました
 
 

■ アメリカの歴史を刻むロクソ川


 8月の終わりにボーズマンの東 ブリッジャー 山脈、西のマジソンレンジに初雪が降りました。その後も涼しい日々が続き、あっというまに9月になってしましました。もうすこしホッパーの釣りを楽しみたかったのに、家から30分のマジソン川下流部ではベイティスがハッチしていました。短い夏が過ぎ、秋冬がもうそこまでやってきています。

 夏は忙しいモンタナの住人たちはゆっくり夏休みを楽しむことはありません。それでも周りを山々に囲まれ、ちょっと郊外にでればそこはウィルダネスが広がっていますから、仕事が終わってから寝袋とキャンプ用のストーブをトラックに積んでキャンプに出かけたり、日が落ちるまで釣りをしたりと短い夏を楽しもうと必死です。

 私も有給がいっぱいたまってしまいなんとか3連休を8月にとることができたので、前から行きたかったアイダホ州のロクソ川にでかけました。ロクソ川はスティルヘッドの釣りで有名なクリアウオーターリバーの支流でモンタナ州ミズーラの南のロロという小さな町から、ロロ峠を走り大陸分水嶺を越えたところから始まります。

 モンタナのすぐ横といってもボーズマンからミズーラまでは3時間、そしてロロ峠を越えるまでに1時間半以上。移動に半日はかかりますから、なかなか行くことはできなかったのです。この川はクリアウォーターリバーの支流なので最後はコロンビアリバーに合流し、太平洋に流れ込むのですが、サーモンが太平洋からコロンビアリバーをさかのぼり、このロクソ川まで上ってくるというのです。どれだけの時間と体力を使って魚たちはこのロッキー山脈を流れる川に帰ってくるのでしょうか。そう考えるとロクソ川にどうしても行ってみたくなったのです。

 今回はミズーラには行かず、ボーズマンからビュートまで行きそこからビッグホールリバービタールートを超えてロロ峠にいたるという大きな遠回りをすることにしました。この道筋はアメリカの歴史上有名なネイティブ アメリカンのNEZ PERCE族の逃避行のトレイルでもあります。ご存知のように多くのアメリカ先住民たちはヨーロッパから移住してきたアメリカ軍に追われ多くの悲劇を生みました。

 この部族も住んでいたオレゴン州を追われこのロロ峠を超えヘンリーズフォーク、イエローストン国立公園のファイヤーフォールあたりも転々とし最期はカナダへと逃げるのです。私の大好きなファイヤーフォールリバーにもこの部族の名前のついたクリークがありますし、ウエストイエローストーンからヘンリーズフォークに向うHW20にもこのトレイルのサインがあります。また日本でも有名なウール製品ペンドルトンの有名な柄に「チーフジョセフ」という名前があります。そのチーフ ジョセフはこのNEZPERCE族の酋長で最後まで白人側と交渉し続けるのですが、願いはかなわぬままなくなってしまいます。ビッグホーンリバーの古戦場のあたりは冬場とてもウエストイエローストーンと同じくらい寒く、またロクソ川に抜けるロロ峠は現在でも冬場は通行止めになるくらいの険しい峠ですが、このネイティブアメリカンの人たちはどうやって、そしてどんな思いでこの道を逃げたのでしょうか。

 そんなことを考えながらロクソ川につきました。ここは太平洋側に流れ込む川で、植生がボーズマンイエローストーン付近と異なるのが一目にわかります。シダやコケが茂り、木々が太いのです。キャンプをしていても朝が来たに気がつかないくらい深く濃い緑の森です。キャンプ場を犬をつれて歩いている、ロクソ川に関する看板がありました。アメリカの歴史上もうひとつ忘れてはならない「ルイスアンド クラーク」に関する記述です。アメリカ陸軍のルイス大尉とクラーク少尉はアメリカの西部をトーマス ジェファーソン大統領の命をうけて始めて探検した人で、これまた日本の釣り人にも有名なモンタナ州イエローストーンリバーやミズーリーリバーをさかのぼり1805年9月15日にこのロクソ川にも来たそうです。

 そのとき、ネイティブアメリカンの人たちがこのロクソ川に産卵に上がってきたサーモンを釣っているのを目にしたと書いてありました。200年以上前のことですから、きっとたくさんのサーモンがつれていたのでしょう。

 さてその「ルイスアンド クラーク探検隊」を助けたのは、モンタナ州のネイティブアメリカン ショーショー二 族の女性サイカジュウィアだったそうです。この女性はカナダ人の男性と結婚しフランス語が理解できたそうで、ネイティブアメリカンとの通訳として、また険しいロッキー山脈を越える道案内として探検隊を助けたそうですから、彼女はアメリカの西部開拓に大きく寄与しました。ボーズマンにある中学校の名前も彼女の名前がついていますし、マジソン川、ジェファソン川、ギャラティン川がひとつとなってミズーリー川になる合流点の町スリーフォークの有名なホテルにも彼女の名前が使われています。

 先日なくなったロビンウィリアムスさんの遺作となるであろう「ナイト オブ ミュージアム」の一作目で、彼が演じるテディルーズベルト大統領の蝋人形が恋するネイティブアメリカンの少女こそサカジュウィアなのです。きっと彼女がこのロクソ川にルイス アンドクラークを連れてきて 魚釣りを教えたかもしれません。たくさん釣れるサーモンをみて彼らはどんな話をしたのでしょうか。

 そんな大きなアメリカの歴史の出来事があったにもかかわらず、ロクソ川はひっそりと流れています。山深いせいか、ルピナスがまだ咲いていて目を楽しませてくれます。たくさんのキャンパーがいキャンプ場の横にもかかわらず、釣り人は誰一人いません。どの深みからもウエストロープカットスロートがフライに飛びついてきて、この川の豊かさがわかります。釣りにいい時期は7月中旬から8月だそうで、6月は雪代で川が増水。おかげでエクストリームなカヤック挑戦者たちでにぎわうそうですし、9月に入るとあんなにたくさんつれたカットスロートたちは川を下ってしまうそうで、あまりつれなくなるのだそうです。

 朝ごはんを食べ、別の釣り場を探しに川を何マイルも下るのに釣り人はたった2人。アイダホのフィッシングライセンスを買うところはロロ峠を越えたところにあるパウエルという小さなロッジしかない集落(といっても住んでいる人は森林局の職員とロッジの従業員のみ)にある雑貨屋さんしかありません。その後は60マイルほど何もないのです。ロクソ川に行ってきたというと経験深いフライマンたちは口をそろえて「それはいい経験だったね」と大喜びしてくれます。実は私、大学の専攻とは別に中学校の社会科の教員免許状も大学のときにとりましたから歴史については詳しいはず(?)だったのですが、アメリカの開拓史について一般教養程度にしか知らず、今回の釣行は改めてアメリカの歴史を知る興味深い旅になりました。そんな大きな歴史上の人物がこの地を訪れたにもかかわらず、ロクソの川と森は200年前とあまり変わらずのようです。

 私が知るアイダホの川はヘンリーズフォークとサウスフォークのスネークリバー、シルバークリークのみ。セントラルや西を流れるサーモンリバー、セントジョーリバーなどまだまだ名前は聞いたことがあっても行ったことがない川はたくさんあります。ロクソ川に行き着くまでもビッグホール、ロッククリーク、ビタールートとモンタナ側にもつりたい川がたくさんあります。一生かかっても釣りきれないほどの川と魚との出会いを一回一回大事にしながら、またロッドをトラックに積んで出かけたいと思います。